「原料を自然の中から。伝承の味・自然の美味しさを伝え続けていきたい」みりん醸造一筋、ONLY ONE商品を造り続ける【株式会社角谷文治郎(すみやぶんじろう)商店】
「家庭の味」と聞いて最初に連想した料理はなんでしょうか?
地域性であったり、各家庭によって、家庭の味の具材や味付けは様々。
私にとって、寒さを感じるこの季節の「家庭の味」といえば、お鍋料理・煮物です。
また、幼少期のころ外で遊んで帰ると、おばあちゃんから「今日は何が食べたい?」と聞かれ、「○○○が食べたい!」と言い、「お手伝いして!」を合図にわくわくしながら鰹節削りを担当していた自分も思い出します。
時の流れとともに生活環境は変わり、家庭で食べる食事も変わります。しかし、「家庭の味」は家族で受け継がれる味と心の軌跡。その味に触れた瞬間、心が和み優しい気分になりませんか?
そして、その味の裏には料理人だけではなく、食材・調味料・原料を作る多くの人達がいるのです。
今回は、愛知県碧南市にある明治43年(1910年)創業の老舗みりんメーカー、株式会社角谷文治郎(すみやぶんじろう)商店の、角谷文子さんにインタビュー。蔵も見学させていただきました。
原料と伝統の造り方にとことんこだわり、「伝承の味と自然の美味しさ」を受け継ぎ、丁寧に造られたみりんは、なんだか「心温まる優しさ」「懐かしさ」「自然の恵みの素晴らしさ」を感じるものばかりです。
目次/Contents
みりんの歴史から見る「みりん」と「みりん風調味料」の違い
(米麹)
みりんが日本に誕生したのは、戦国時代のころです。
お酒の中に「もち米」を仕込み、甘くて濃い酒を造る方法から、焼酎の中に「もち米」と「米こうじ」を仕込み、甘くて濃い酒を造る方法へと発展。当時は、淡い甘口の高級なお酒として飲用されていました。
みりんは酒造りとは異なる製法ですが、精米・蒸し・麹作り・搾りと、ほとんど同じ道具を使うことから、清酒造りの傍ら兼業でみりんを造る蔵が多く、明治時代には3,000近い免許場があったそうです。
お砂糖より入手しやすい甘味料であったことから、みりんは古くから調味料としても使われていました。
江戸時代になって、焼酎の割合の少ない「本みりん」、焼酎の割合の多い「本直し」と分けて造られるようになり、明治・大正には、下戸や女性に好まれる甘い滋養飲料や割烹調味料として、みりんの需要が高まりました。
しかし、伝統的な「米一升、みりん一升」の仕込み方法も、戦中・戦後のコメ不足の混乱期においてその製法は許されず、昭和18年から8年間製造は禁止。再開後も食糧不足の中、一部の高級割烹・うなぎ屋等のみで使われる贅沢品でした。
そして、贅沢税としてみりんには高額な酒税がかけられたことから、お米の代わりにぶどう糖や水あめといった副原料が使用され、製法も全く異なる「みりん風調味料」が生まれました。
昭和40年代始めには、食糧不足の混乱も回復し、国民全体が中流意識を持つようになり、それまで酒販店によって味噌・醤油等の調味料とともに御用聞き販売されていた昔ながらのみりんではなく、全く異なった製法のみりん風調味料が、「新しいみりん」として正しい製品情報がないまま流通し始めました。
しかし、昭和50年、公正取引委員会により「内容の伴わない名称表示」であると排除命令が出されたため、「新しいみりん」は、今日「みりん風調味料」という名称で販売されています。
三河みりんの特徴
(蒸しあがったもち米)
愛知県東部三河地方は、水が綺麗で、温暖な気候。年間を通じて大地の収穫物が豊富に採れるこの地方では、お米の収穫量が多く、江戸時代から酒造りが盛んに行われてきました。
酒粕が容易に手に入ることから、それを熟成させて造る「粕酢」や酒粕を蒸留した「粕取り焼酎」が造られるようになりました。
この焼酎を用いてもち米と米麹を仕込んで造られるようになったのが、三河みりんの始まりです。
この地域は、大地の恵みが豊富であったことから、味噌・醤油・お酒・みりんの蔵が多くあります。ここまで醸造製品が集まっているのは愛知県だけです。
みりんはお酒を造っている蔵で造られることが多いいのですが、この地域はみりん専業の蔵がほとんどで、現在でも、みりん業者数全国一を誇るみりん造りの本場です。
現在スーパーでよく見かける「本みりん」・「みりん風調味料」と、日本古来の伝統技術で造られた「三河みりん」の違いは次の通りです。
- 三河みりん:原料は、もち米・米麹・本格焼酎(米)。お米一升(1.5kg)から1.8リットル(米一升から一升のみりん)を造ります。醸造期間は1年以上で、色はべっこう色に近い琥珀色。アルコール分は約14%です。
- 一般的な本みりん:原料は、もち米・米麹・醸造用アルコール・糖類(水あめ)。お米一升(1.5kg)から4.5~7.2リットル(米一升から五升のみりん)を造ります。醸造期間は2~3か月で、色は淡い琥珀色。アルコール分は約14%です。
- みりん風調味料:原料は、水あめ・ぶどう糖・でんぷん糖加化液・グルタミンソーダ・アミノ酸液香料・雑穀・塩等。お米一升から造ることができるみりんの量は、数種類の原材料添加物を使い複数な工程を経るため製品により千差万別。醸造期間は即日で、色は無色透明~淡い黄色。アルコール分はほとんど含まれていません。
角谷文治郎商店は「米一升・みりん一升」を守り続けています
角谷文治郎商店の三州三河みりんは、「米一升・みりん一升(米一升から一升のみりんを造る)」が特徴で、この伝統の造り方を守り続けています。
原料は、こだわりぬいた国産の玄米を購入し、仕込みごとに自家精米をしています。
精米したてのご飯のほうが美味しいのと同様に、お米の美味しさをダイレクトに感じてもらうために、仕込む直前に精米をしているそうです。
また、米麹もこだわりぬいた国産のものを使用。焼酎もみりんの風味に合わせて自社で造り、米一升に対して焼酎0.5升を使用します。
創業当初は、この地域の他の蔵と同じやり方で、酒蔵から酒粕をもらい造っていましたが、戦後お酒の品質が落ちてきたことを期に、自社製の焼酎に切り替えたそうです。
ちなみに、一般に流通しているみりんは、国産のお米に限らず外国産のお米も使用。
一説によると、流通しているみりんの3/4が外国産のお米を使用しており、醸造アルコールも食用エタノールを使っていると言われています。
また、みりんの表示はJAS法ではなく酒税法が適用されており、原料の量の多い順では書かれていません。つまり、必須原料から書かれているため、実際にどの原料がどれぐらい用いられているかを正確に把握することは困難です。
その意味でも、製造者から原料・製造方法を直接聞ける機会はとても大切なことだと感じました。
みりんは焼酎のなかでゆっくり甘酒を造っているようなもの
(もろみ)
みりんは糖とアミノ酸が結合し、熟成され琥珀色になります。蔵見学をしながら、みりんができるまでの工程を説明をしていただきました。
「みりんはもち米と麹を使って造るところが甘酒と似ています。甘酒は、麹が一番働きやすい温度で一晩寝かすと甘さがでます。
みりんは甘さだけでなく、うま味が必要。甘さとうま味のバランスがみりんの特徴です。このうま味を出す為に常温で仕込み、お米のタンパク質をゆっくり時間かけてアミノ酸に変えていきます。
甘さだけですと一晩で完成するのですが、アミノ酸によるうま味は一晩ではできません。焼酎は雑菌を防ぎ、発酵がいきすぎないようにブレーキをかける役割も果たします。
みりんは、焼酎のなかでゆっくり甘酒をつくっているようなもの。甘酒は1日、みりんは3か月は熟成させます。
仕込みは年に2回(1日3トンのもち米を炊いているそうです)。 秋の仕込みの時期は、新米の収穫時期から菊の花が咲くころまで。春の仕込みの時期は、梅の花が咲く時期から桜が散る時期までが一番適している期間です。
秋の仕込みは、収穫後の新米を使います。倉庫のスペースに限りがあるため、各産地から順番にお米を入荷し、翌年の天候・自然災害等のリスクヘッジのために、一部のお米は翌年度の仕込みにまわしています」
みりんは単なる調味料ではなく、農家の方々と職人とが造りだす、奥深い商品であることを改めて知ることができました。
試飲して「みりんのイメージ」が変わりました
(かいいれ)
みりんの美味しさは原料に左右されます。原料のもち米の美味しさを知ってもらうのに、お餅をついて食べてもらう方法もあるそうですが、やはり試飲をするのが一番。ダイレクトにみりんの風味・甘味・うま味・コクを感じることができます。
「多くの人はみりんを試飲することに抵抗を感じています。しかし、お味噌やお醤油と同様に味見をしてみてください。みりんをお鍋に入れたり、煮ものに使ったりするのは美味しいから。みりんはもともとお酒。飲めるんですよ」
実際に2種類のみりん(三州三河みりん・有機三州味醂)を試飲しました。
口に入れた瞬間、奥深い樽のような香り・鼈甲あめのような上品な甘さ・コクを、喉を通るときには雑味のない自然の美味しさ・素材のエネルギーをダイレクトに感じました。思わず「美味しい!」と声がでてしまいます。
三州三河みりんのほうが甘味を強く感じ、有機三州味醂(ゆうきさんしゅうみりん)はすっきりとしたまろやかな甘味の後に、熟成されたコクを強く感じました。
三州三河みりん・有機三州味醂の違いはお米だけ。三州三河みりんは特別栽培米を使用し、有機三州味醂は有機米を使用。
角谷文治郎商店曰く「稲の違いが味にでている。有機三州味醂は稲がハングリーで、土壌中の栄養分を自然のバランスで吸い上げた結果、甘味がまろやかなるのではないか。」と考えているようです。
また、今はみりんについて知っている人が少ないのも現状のようです。
「食育イベントでみりんの甘さについてクイズをすると、意外とみりんの甘さがどこからきているのか知らない人が多いです。料理を教えている先生も知らない人が多いですね。
また、最近はみりんを使わない料理家も増えているように思います。あるアンケート調査結果によると、1/3は『何が入っているかわからないから使わない』、1/3は『レシピにあるから使っている』という回答でした。
みりんの可能性は無限大。多くの人に試してもらえれば、その良さがわかると思いますし、使い方のバリエーションも増えると思います」
角谷文治郎商店では、みりんの美味しさを多くの人に知ってもらうために、梅酒を造り始めたそうです。
通常梅酒には甘味として砂糖等をいれますが、角谷文治郎商店で造られている梅酒には、青梅とみりん以外は一切入っていません。
梅酒も試飲しましたが、とても甘く、自然の恵みって本当に美味しいと感動しました。香港や台湾でも砂糖が入っていないので、好評だそうです。
みりんの効果
みりんの自然でまろやかな甘味とうま味は、素材の持ち味を引き出します。みりんの効果は、次の通りです。
- こく・うまみを引き出す - アルコール分の働きかけで素材の中までしっかりと味がしみ込むため、素材のうま味を活かします。
- 煮くずれを防ぐ - アルコールが素材の中に味を浸透させる働きをし、身を引き締め、煮くずれが起こるのを防ぎます。
- 照り・つやを出す - みりんを加熱すると、含まれる糖分とうま味成分が結合し、照り・つやが増し、料理がつややかに仕上がります。
- 臭みを消す - アルコールが、だしや魚・肉の生臭さを消してくれます。加熱することでアルコール臭がとび、風味を整える効果があります。
- 上品でまろやかな甘味 - みりんの何種類もの甘味・うまみ成分が、料理をより一層上品に、深みのある味わいに仕上げます。
「みりんは和の調味料として知られていますが、みりんの効果は和食にとどまりません。世界中のシェフが色々な料理に使い始めています。
例えば、フランス料理の三國シェフは、フォアグラと合わせたり、デザートに使ったりしています。
また、マドンナのパーソナルシェフを長年やられていた西邨マユミさんのレシピ本(三河みりんで味わうプチマクロ)には、みりんを使ったカクテルドリンクの紹介があります。
海外では、チョコレートにライスリキュールとしてみりんを使ったりもしています」
みりんは単なる脇役的な調味料ではなく、料理人のアイデア一つで飲み物になったり、料理の主役になったりすることができる素材。
また、みりんは低GIで砂糖の代わりになるため、海外では白砂糖を敬遠する人を中心にみりんを使う人が増えているそうです。
「伝統的な使い方として、かまぼこ・佃煮・あられ・ドレッシングとして業務用で使っていいただく提案から、もち米のリキュールとして、フランス料理・イタリア料理・スイーツに使う提案もしています。
ドライレーズンをみりんに漬けて戻す和風レーズン・みりんを煮切りシロップとしてアイスクリームにのせる・トーストにぬる等、様々な使い方ができます。
アメリカの西海岸のシェフは、そば粉のガレットのリンゴコンポートにみりんを使ったり、酒粕アイスと一緒にだしたり、イギリスの顧客はブランディー紅茶のように紅茶にみりんを入れたりと、様々な使い方を提案しながらみりんの可能性を追求しています」
みりんはもはや和の調味料ではなく、海を越えて様々な使われ方をしていることを知りました。
煮物やお鍋のだし汁など、お酒を使うレシピでは、みりんを活用すればあえてお酒を使う必要はない。美味しいみりんは少量でそれぞれの素材の味を引き立てたり・素材の味をまとめてくれる。
料理が好きな人はもっと料理がしたくなる、料理が苦手な人は料理をやってみようと思いたくなる。
そんな不思議な力をもつみりんの魅力について、ワクワクしながらお話を伺うことができました。
みりん造りは日本の田園風景を守ること
最後に、角谷さんは、農家の皆さんや蔵で働いている職人さんの想いを語ってくれました。
「私たちにとってみりん造りは、日本の田園の風景を守ること。
どんなにみりんを造りたくても、太陽・水等、人間がコントロールできない要因で造れないこともあります。だからこそ大切なのは、自然環境の循環を考慮し、自然の生態系の中で育てられたお米を自然の恵みに感謝をして丁寧につくることです。
みりんを造る職人の皆さんは、日本の田園風景を心で見ながら、自然の恵みに感謝し、丁寧に造っています。
田園風景は、私たちの生活に安らぎと潤いを提供してくれるもの。遠くの山の景観より、海の向こうの農場のみどりより、住まい周辺の緑を維持すること。
地域産品の地域消費を通じて、住環境の周辺にある『緑』を確保することで、時を超えて醸造と伝承の味を次の世代に伝えることができるのです」
蒸し立てのもち米を頂き、優しい甘味・うま味を舌で味わい、自然の恵みに感謝をしながら、緑色の田園風景とそよ風になびく稲を心の目で見られた気がします。
角谷文治郎商店では、実際に契約農家に足を運んで、その年のお米の出来具合を確認し、みりんに使われる原料のトレーサビリティも徹底しています。
また、化学合成物質(農薬・化学肥料)を減らす、無くす努力をし、将来に向けて安全な生活環境を確保する手段として、有機農家の実現に積極的に参加しているそうです。
その努力の結果、角谷文治郎商店が造る有機本格仕込みのみりんは、ダブル認証(JONA・ECOCERT)を取り、本格みりんとして十数か国に輸出されています。
日本では最近オーガニックに関心を持っている人が増えてきていますが、海外では既に多くの方が関心を持っています。
西邨マユミさんも、有機三州味醂をアメリカで見つけて、その生産地がご自分の地元の愛知であることを知り衝撃を受けたそうです。
オーガニック認証をもって国産米で日本古来の製法でつくっているみりんは、有機三州味醂のみ。オンリーワン商品です。
環境に配慮しながらみりん造りを続け、次世代につなげることは、日本のお米の美味しさ・素晴らしさを残すこと。
忙しい余りに食事をおろそかにしがちですが、丁寧に食事を頂くことが大切ですね。
今回の取材を通じて、伝承の味を伝え続けることの大切さ・自然の恵みへの感謝の気持ちを忘れてはいけないと改めて感じました。
◆三州三河みりんを使ったレシピを公開中
http://www.mikawamirin.com/recipe.php
◆Facebookにて季節のレシピ、イベント情報、メディア掲載を発信しています。
http://www.facebook.com/mikawamirin
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