誰もが共に食を楽しむ精進料理=「普茶料理」(ふちゃりょうり) ~ジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻も訪れた普茶料理 梵(ぼん)【入谷】~

更新日:2019/02/02 公開日:2018/01/19

普茶料理 梵の場所や詳細な情報はこちら

普茶料理(ふちゃりょうり)って何??

普茶料理とは精進料理の一種で、中国料理の特徴を色濃く残した中国風精進料理です。

ごま油をよく使い、植物性油の揚げ物や油炒めが多く、葛粉を使ってとろみを付ける調理法が多いのも特徴です。

また、一人ひとりのお膳に個別に配膳する日本料理の銘々膳とは違い、大きな食卓を囲んで大皿に盛った料理を銘々の皿に取り分けていただく方式で、いわゆる「会食」のはじまりと言われます。

普茶料理が日本に伝わったのはおよそ300年前の17世紀中頃。京都の宇治に中国の禅宗の僧侶である隠元禅師(いんげんぜんじ)が日本に移り住み、「黄檗宗萬福寺(おうばくしゅうまんぷくじ)」を開祖したことがきっかけです。

普茶料理という名前は、福建省の「福清(ふくせい)料理」が音から”普茶”になったのではと言われているそうです。

”普茶”とは”普く(あまねく)衆に茶を供する”の意味で、茶席を共にしたあとに、飲食平等の精神のもとに上下の隔たりなく食事を楽しむもの。

油を多く使い味付けもしっかりとしていることから、欧米食の多くなった現代人にも満足のいく精進料理です。

一方、一般的に精進料理と言われるものは 鎌倉時代に福井に開山した曹洞宗の永平寺の茶懐石の源流にルーツを持つもので、食も修行のひとつと考える質素で厳しいものです。

永平寺流の精進料理はお抹茶の席での料理であるのに対し、普茶はお煎茶料理という違いもあります。

おいしいはたのしい。

普茶料理はそんな考えから生まれた堅苦しさのない、誰もが一緒に食卓を囲んで楽しめる精進料理です。

台東区入谷で60年の歴史を持つ「梵」


さて、普茶料理といえばと筆頭に立つ有名店、寺町の台東区竜泉に昭和34年春にオープンし、独自の料理法で60年の歴史を重ねてきた「梵」にお話を伺いに行ってまいりました。

1月とあって、陽射しに照らされた凛とした門松がお出迎えしてくれる趣きのある日本家屋は、今では薄れつつある懐かしい日本の街の風景です。

引き戸を開けると石畳には打ち水がされ、そこかしこに季節の花が活けられていました。干支の戌の張り子や、縁起物の紅白の最中の皮でつくる繭玉飾りが季節感を演出しています。

達筆な筆文字からも丁寧な暮らしとお客様をもてなす心が伝わります。


梵の普茶料理は黄檗普茶の禅の心を大切にした医食同源の精進料理。月替わりで旬の野菜や食材を使って四季の味を大切に、身体を労わる料理として提供しています。

約300年前に隠元禅師が 京都宇治に伝えた伝統の普茶料理を提供し続ける梵のお料理は、国内のみならず海外のベジタリアンの方にも有名です。

名だたるVIPの方たちが訪れ続ける老舗のお店。趣ある個室で、卓を囲んで楽しむベジタリアン料理、それが梵の普茶料理です。

梵は60年近い歳月にわたり愛され続け、世界に名を馳せています。

今回ご用意いただいたお部屋は掘りごたつ形式の卓で、雪見窓から見える中庭の美しい緑がわびさびの世界を感じさせてくれます。

五感で楽しむ「初春の普茶」


新年を迎え、睦月の「初春の普茶」を早速いただいてまいりました。

年の初めらしく、健康と招福をテーマにした縁起のよいお料理をご紹介します。

本日いただいたのは、平日限定昼席の普茶弁当3450円(税・奉仕料別)です。


まずは月替わりの福茶である睦月のお茶「梅と結び昆布」のお茶と、今年の干支戌年の守護本尊の阿弥陀如来(あみだにょらい)の梵字「キーリーク」が描かれた干菓子のお通しでお出迎えです。

梵字とはサンスクリット語の神聖な文字で、一文字で仏様を表すパワーのあるもの。インドから中国に伝わり日本に広まったものです。ヒンズー教で至上の悟りという意味の「ブラフマン」が創り出した文字と言われています。

阿弥陀如来は知恵と慈悲を司り、人々を一切の苦難と不安から解き放ち、安定と心の安らぎをもたらし福徳長寿を得られると言われています。

口に含むとなんだかご加護の下で幸せな気持ちに包まれます。



次に運ばれてくるのは塗りのお弁当箱と、新海苔の香りに百合根餅のお吸い物。

従来、普茶料理は中国伝来のため塗器ではなく磁器で提供されるそうですが、梵ではかつてお寺さんにお弁当の仕出しを行っていたため、その時に使われていたお弁当箱を汎用しているのだそうです。

蓋をあけると思わず笑顔がこぼれて歓声を上げてしまう。いろんな種類の美しいお料理が整然と所狭しと並んでいます。裏白の葉や梅の花の小枝などがあしらわれ、季節美が凝縮しています。

切干大根と京人参の松前なます。せりの白和え。二日かけて作られるという義生豆富(ぎせいどうふ)。

大浦牛蒡の老松に雪輪蓮根・・・じっくりと煮た太い大浦御坊に衣をつけてあげたもので美味しさが口に広がります。雪の結晶を模った蓮根はブルーキュラソーでほんのり色付けされ氷餅が散らされています。

若竹蕪羹と早梅ふ。笹麩まんじゅう。そして名物:鰻豆富。梅の花型のごはんには自家製のちりめん山椒がかけられています。

絶妙の間の頃合いで運ばれてくるお料理にも、その経験値と細やかな配慮が窺えます。


お熱いうちにお召し上がりくださいと運ばれてくるのは温菜:海老芋と蓬麩を吉祥仕立てで。・・・フカヒレもどきの葛寄せ餡がかかった、ねっとりと甘い海老芋を使った真丈。かわいい姫かぶと梅の花の人参が乗っています。


そして揚げ物と稲庭うどん。揚げ物は普茶料理では「油じ(ゆじ)」と言われます。

甘すぎず上品な味ながら精進出汁のしっかりと効いたつゆがおいしい。扇にみたてた揚げそうめんは到底真似の出来ないまさに芸術です。

こんにゃく・山菜・人参・さつまいもの天ぷらのひとつひとつが美しくおいしい。人参ひとつとっても短冊にし海苔で束ねてあったり、こんにゃくも煮含ませて下味をつけたものなので、まるでお肉のようなジューシーなお味です。


〆の時果は、豆乳をつかった杏仁豆富と季節の果物。

男性でも十分な量、そして味と心まで満たされる内容です。

店主の古川竜三氏に聞く「梵」流普茶料理~食事はからだの健康を養うもの~

隠元禅師が開いた「黄檗宗萬福寺」にて修行し、先代からこの梵を引き継いで奥様とご子息で営まれるご主人・古川竜三様にお話をお伺いしました。


浅草もほど近い梵のある竜泉地区は、もともと寺町であり、精進料理が根付いていました。お寺では賄いも精進料理であり、周辺にも精進料理の部屋がいくつもあったそうです。

先代であられるお母様は、医者のお嬢様で栄養士でもあったため、からだによいものを提供したいと「梵」を創業されました。

梵の芸術性が高い精進料理は、当時お店を共に手伝っていた方が、器を作ることや写真・常磐津などもされる芸術に長けた方だったことから生まれたそうです。

古川さんは京都宇治の萬福寺に修行に出ていましたが、お父様が他界される頃より梵を手伝うために東京に戻られました。

梵の美しいお料理は、萬福寺で学んだものというより、先代から引き継いだオリジナリティあふれるものなのだとか。

前菜には季節を感じ、心を開いて寛いでくださいという意味で”走り”を、中盤のお料理は旬のものをたくさんお腹にいれていただく。

そして終盤は”名残り”と言って季節の終わりのものを名残惜しんで余韻を楽しんでいただくよう考えて作られています。

グルテンフリー、アレルギーなどには対応されていますか?

「精進料理には麩をよく使うため、グルテンフリーは難しいですが、揚げ物の粉を米粉に変えたり、できる限りのことはしています。

ベジタリアンやヴィーガンの方だけでなく、マクロビオティックの桜沢如一先生のお弟子さん達など健康意識の高い方も多いので、精白された砂糖はどうしても色を真っ白にしたい場合など以外は使わず、甘味はてんさい糖やみりんで対応しています。

アレルギーや五葷抜き料理(ネギ(たまねぎ)・にんにく・にら・らっきょう・あさつきを使わない)など、できる限りの対応をしておりますので、お料理をお出しする前にお客様一人一人のご要望をお聞きしています」

お客様の健康を第一に・・・そのお心に、筆者もとてもうれしくなりました。


写真はうなぎの蒲焼もどき。もどきの域を超えた名物の鰻豆富の作り方をお聞きしました。

ごぼうと蓮根をすりおろし砂糖・塩・薄口しょうゆとみりんを加える。そして裏ごしした豆腐と大和芋をすりおろしたものを加えて練り、形を整えて海苔につけて低温の油で揚げるのだそうです。

お客様はどのような方が多いですか?ジョン・レノンご夫妻が見えたというお話も有名ですよね。

「接待や会食などがやはり多いですね。大使館の方、海外からのVIPも多くいらっしゃいます。月替わりのお料理なので、毎月のようにお見えいただくお客様もいらっしゃいます」

梵には海外からのお客様はどれくらいの比率でいらっしゃいますか?

「時によりますが、全員が外国人のお客様の時もあります。口コミやベジタリアンレストランガイドのHappy cowを見ていらっしゃるお客様が多いです。

主に台湾・インドネシア・シンガポール・マレーシア、そして欧米系の方が多いです」

一番大きな部屋で30名様まで、それより多人数の場合はお部屋が別で対応することもあるそうです。↓写真は一番大きなお部屋です


店内の美しく生けられたお花や達筆な筆文字は和の心が感じられ、素敵ですね。

「季節の花はすべて家内が生けています。お品書きや看板、領収書などもすべて筆で私が書いています。

忙しい現代の皆さんに、日常の煩雑さからひと時離れ、忘れがちな日本の伝統的な丁寧な暮らしや季節に寄り添った暮らしを思い出していただく、そんな時間を過ごしてほしいと思っております。」


伝統を守りつつ、お客様からのご意見などをもとに身体によいと思われる要素は取り入れて、少しずつ進化させているんですと微笑みながらおっしゃる古川さん。

常連さんで国際薬膳医師会の方々がいらっしゃるので、薬膳食材のなつめや山査子などをしぐれ煮に入れてアレンジさせたりもしています。

インドのVIPがみえた時にはお吸い物をキャロットスープに変えたり、卓上にはペッパーやチリといったスパイスを用意することも。また、病気の方に塩を抜いたお料理を作ったこともあるそうです。


渡り廊下に飾られた「喫茶去(きっさこ)」は”どうぞ分け隔てなくお茶をお飲みください”という普茶の意味の言葉だそうです。

大広間にかけられたお軸の「山中無暦日」は、”山には暦はない”、お寺に掛けられれば”時を忘れて修行しなさい”という意味になりますが、ここでは”時を忘れてこのひと時をお過ごしください”という意味で掛けられているそうです。

牛丼やハンバーガーなどファストフードが多い今、丁寧に作られた古川さんのお料理を頂くと、本来の食・医食同源という意味を体感し、自然に食へのリスペクトと感謝心が湧き出てきます。

仏教のいただきます「五観の偈(ごかんのげ)」に込められた思い

ふと目についた箸袋の裏の「お食事をする時のことば(五観の偈(ごかんのげ))」という文字。これについて古川さんにお聞きしました。

「食事を楽しんでいただくために、押し付けではなく箸袋の裏にひっそりと書かせてもらったのですが、仏教における食事の作法なんです。

禅寺では食事にも修行としての厳しい作法があり、これは食事で箸をとる前に必ず唱える食事訓です。

天候・お百姓さん・配送してくださる人・調理する人等すべての結集で成り立つお料理をお出しします。そのすべて、一箸・一口に感謝する心を忘れないということを伝えたいという思いです。」

仏のようにおだやかで優しい語り口の古川さん。梵でのおもてなしやお料理への思いをお聞きし改めて、食は作り手の思いやエネルギーが細胞にまで伝わるものなのだと、身の引き締まる思いとなりました。

「五観の偈」

一つには、功の多少を計り彼の来処を量る
この食事がこの姿になって眼前に運ばれるまでに幾何の人々の手を経たことか、多くの人々の労を煩わしているに違いない。それに対して先ず深い感謝の念を起こさねばならないというのである。
二つには、己が徳行の全欠をはかって供に応ず。
自分はこの食事を頂くに値するだけの徳を積んだであろうかと反省せよというのである。
三つには、心を防ぎ過食等を離るるを宗とす。
心静かに箸をとり、煩悩の根源である(むさぼり・いかり・ぐち)の三毒を離れて雑念を抱かず平静な気持ちで食事をとるのである。
四つには、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり。
食事は肉体を養うためのものであることは勿論、身体に宿る心をも養うものであることを銘記せよというのである。
五つには、道業を成せんが為に当に此の食を受くべし。
この食を受けるのは、道業に成就せんがためである。

真骨頂の梵の普茶料理は日本の誇れるもの


ヘルシーでおいしい精進料理・普茶料理は、東京オリンピックに向けてますます需要が高まり、人気となるに違いありません。

忘れていた日本のよき時代を思い出させてくれるような素敵な空間とおもてなし。

食べ終えたあとに、全身で幸せに満ちた至福感を味わえる、丁寧に心を込めて作られた美しく美味なるお料理をいただきながら、丁寧に暮らすことを思い出さてくれる時間。

平等・平和に旬を五感で堪能する美味しい精進料理、「梵」の普茶料理を味わってみてはいかがでしょう?

※記事の内容は取材時点のものであり、変更される可能性があります。来店時には、あらかじめお店にお問い合わせいただくことをお勧めします。

店舗情報

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千葉芽弓/Miyumi Chiba

千葉芽弓/Miyumi Chiba

千葉芽弓(Miyumi Chiba)
ベジフードプロデューサー
Vegewel プロデューサー
Tokyo Smile Veggies 主宰

日本に根付いた伝統食を生かしたベジ・ヴィーガン食から健康や環境保護などの社会問題の解決や、ダイバーシティとしての真のおもてなしを目指し、メニューコンサルタント・製品開発・食育を行う。