渋谷 daylight kitchen(デイライトキッチン)後編 〜店をメディアとして捉え、可能性を模索する〜
更新日:2019/02/01 公開日:2017/08/17
前編では、2017年8月10日からスタートのデイライトキッチンの新ディナーコースメニューをご紹介しました。
【前編】渋谷daylight kitchen(デイライトキッチン)〜発信基地としての決意を込めたディナーメニュー改訂〜
後編では、覚悟と意思を持ってメニュー改訂に踏み切った背景を、オーナーである塚本サイコさん、料理長である肥沼宏和さんにお伺いします。
目次/Contents
東日本大震災をきっかけに強まる思い
東日本大震災から1年後の2012年3月9日、デイライトキッチン店内では控えめな照明のもと、とあるイベントが開かれていました。
その名も「3.11以降の生き方を考えよう」。
環境活動家アンニャ・ライトさん(http://anjaslowmotherdiary.blogspot.jp)を迎え、常連のお客様、生産者、環境活動家が集まり、私たちはこのままでいいのか、正直な気持ちと考えを分かちあいました。
参加者全員が思いを口にする中で、デイライトキッチンオーナーの塚本サイコさんにもその順番が回ってきます。
塚本さんは、素直に胸の内を語りました。
「店を開けるということは、電気をはじめとした環境資源を多量に消費する。今、私たちの価値観が大きく変化している中で、以前と同じように店を開け続けることの意味が分からなくなっている」
話しながら、こみ上げてくるものがあったそうです。当時の塚本さんの胸の中には、お店を閉める選択肢もあったほど、自分の店の存在について悩み続けていました。
すると、参加していたご家族のお父さんがこうおっしゃったのです。
「もし、塚本さんがこの店を辞めてしまったら、きっとだれか別の人がここで店をやるかもしれません。これだけ立地がいいのですから、店でなくても商業施設になる可能性は極めて高いでしょう。もしそうなったら、さらに環境負荷の高い経営を行う可能性だってあります。塚本さんがこの店に携わっていてくれる間は、ベターな状態を保てるのではないかと思います。今回のような集まりが開かれて、皆さんの意識が共有されていくことだって貴重なことです。お店はずっと続けて欲しい。発信基地としての意味も込めて、続けて欲しい」
揺れていた塚本さんの心がふと我に返りました。嘆いたり、不安に思う前に、今持っているリソースを活用して自分ができることに目をむけよう。
この経験がきっかけとなり、お店をメディアとして捉え、より積極的に情報発信を続けて行く事を心に決めました。
今現在、デイライトキッチンでは年間20本から40本のワークショップ、講演会、演奏会などを開催しています。
お客さまからの持ち込み企画も多く、コミュニティのように、集まる人々みんなで場を育てて行く土壌が出来上がっています。
飲食店のオーナーではなく、社会起業家として
塚本さんはその時以来、自分は飲食店のオーナーではなく、社会起業家なのだ、と、思うようになりました。
経済活動と社会活動をリンクさせていくことは、海外では当然の事として意識されているモデルですが、日本では、特に飲食業では、まだまだ浸透していない価値観です。
社会活動の色が濃すぎて経営が立ち行かなくなったり、経営を優先するあまり当初のこだわりを保てなくなったり、と、様々な問題を抱えています。
デイライトキッチンは、経営と社会活動を両立させ、情報発信基地、交流のソーシャルメディアとしての場を育てつつ、飲食店として収益を保ち続け、野菜や種を育ててくれる生産者さんにきちんと利益を還元することを実現し続けていこうと、強く心に決めたのでした。
もともとは、一世風靡した原宿の薬膳スイーツカフェのオーナーでもあった塚本さん。でも、当時はオーガニックを経営上の付加価値としか捉えておらず、それが全ての柱になるものだとは全く思っていなかったとか。
くるみの効能は知っていても、くるみ自体がオーガニックでなければ意味がなくなる、とは全く考えなかったそうです。
大きく価値観が変わったのは、自身の妊娠以降でした。改めて食について見直す中で、オーガニックという言葉の持つ意味の大きさ、重大さを感じるようになったそうです。
そして、同じ頃、デイライトキッチンの経営をしないか、との打診がありました。ふりかえると、呼ばれていたかのようだったと言います。
何故、自分がこの場に呼ばれたのか。その答え合わせをするように、社会起業家としての自身を受け入れていきます。
人間の可能性を信じ、未来を信じる
社会起業家として、サスティナブルな経営を行う事は、覚悟と根気が必要です。業界の当たり前、不文律、あきらめに向かっていく事にもなるからです。
実は、作曲家としての活動も平行している塚本さん。自身が音楽教育を受けて来たが故に、平均律や世界基準で統一されている調律のあり方などに疑問を持ってきた側面もあります。
「枯れ葉が落ちる音だって、音符として聞こえてしまう。それは、実はとても窮屈なことなんです。ドとド♯の間にだって、音は無限にあるんです。でも、全ての音が12音に収斂されて聞こえてしまうなんて、人間の感覚の可能性を奪っているような気がするんです」
飲食店のオーナーになる前から、社会起業家になる前から、塚本さんの根本の部分には、「こうでしょう」「こうしましょう」と決めてしまうことへの、ある種反骨のような想いがあったのだと思います。
デイライトキッチンのオーナーとしても、まさにこの反骨の精神が穏やかに活かされているのかもしれません。
自らのピアノをシュタイナーの提唱する432の調律にして演奏する姿からは、人間の可能性、感性の可能性をさぐり、確かめ、しっかりと見据え、美しく戦う芸術家の姿を見て取れます。
機会を活かし、大志を果たす
そんな塚本さんが全幅の信頼を置く料理長が、肥沼宏和(こいぬまひろかず)さん。クレヨンハウスの料理長も務めた実力の持ち主です。
今回の改訂ディナーメニューも全て肥沼料理長が開発しました。
もともとは、「普通の」料理人としてキャリアをスタートしましたが、北海道のリゾートホテルのレストランで素材を活かす料理の魅力に開眼します。
さらに、「ふらっと」転職をしたクレヨンハウスで農家さんを訪れる機会を重ねるうちに、その想いや苦労にどんどんと共感していくようになります。
こんなに想いをこめて作ってくれている野菜なんだから、とにかく徹底的に活かして提供したい。我々料理人が、生産者と生活者をつなぐ重要な結節点になっているのだ、と。
それまで、野菜は、魚や肉のつけあわせとしか意識していなかったそうですが、野菜を主役に置いた食事のあり方を追求したいと思うようになります。
どんな野菜がやってくるのか分からない仕入のスタイルや、手間のかかるビーガン対応など、デイライトキッチンの厨房では通常のシェフが面倒と思うことが多く起きますが、肥沼さんは、だからこそやりがいがあると言います。
「デイライトキッチンほど、仕入れにこだわって、しかもそれを貫き続けている所は他に知りません。縁あって、料理長を務めることになったからには、ここに来ないと食べられないものを提供していきたいです。東京オリンピックに向けて、外国人対応も増えますし、折角の舞台をとことん楽しんで、可能性に挑戦したいです」
肥沼さんの料理は、抜群に美味しいのはもちろんのこと、見た目もとても美しいのが特徴です。ついつい、写真を撮りたくなってしまう。
「わー、可愛い」と野菜を目の前に思わず口にしてしまいます。
味を引き出すだけではなく、見た目の美しさも引き出す料理。それこそ、肥沼料理長の真骨頂。
毎回、素材を見てから調理法を決めるそうです。「感覚で作っています」と、さらりと言う姿には長年の経験と持ち前のセンスから積み上げられた自信が感じられます。
素材を見て料理をする。ものすごくシンプルなことですが、実はもっとも腕が必要なこと。「だからこそやるんです」と柔らかく笑う肥沼料理長の目には、闘志にも近い、やる気が満ちていました。
素材ありき、というチャレンジングな経営方針を貫けるのは、肥沼料理長の腕があってこそ、とも言えます。秋のメニューもどんな世界が繰り広げられるのか、楽しみです。
メディアとしての場はお客様と共に育む
「感性は何においても活かせるもので、大切なものなのだと思えるようになった」
自身の音楽家としての繊細すぎる側面を受け止めきれなかった過去を振り返り、塚本さんは話します。
そして、感性は、自分1人よりも、人や環境と共に育んでいくものである、とも。
デイライトキッチンのメディアとしての動きは、今後もずっとずっと続きます。ワークショップ、イベントを中心に、新しい試みも計画中。
そんなデイライトキッチンを育むのは、スタッフとお客さま。一丸となって、一緒に場を育てたい。
みなさまも、是非、デイライトキッチンのリニューアルしたディナーを堪能しつつ、感性を解きほぐしてみてください!
【前編】渋谷daylight kitchen(デイライトキッチン)〜発信基地としての決意を込めたディナーメニュー改訂〜
(写真協力:河崎公一)
※記事の内容は取材時点のものであり、変更される可能性があります。来店時には、あらかじめお店にお問い合わせいただくことをお勧めします。
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